戦争とメリークリスマス ~オジイと仲間と人生と~





オジイ

メリークリスマス!

今年もいつの間にやら年末に。
そして、クリスマス。

恋人同士には『聖なる夜』
家族にとっては『サンタさんが来る日』
ですね。

さ、そんなクリスマス気分に浸りきる前に、どうしても書いておきたいことが。

先週、祖父が亡くなりました。
数年前から痴呆症が進行し、
老人ホームと病院と自宅をいったり来たりする日々。

膝を怪我して人工関節をいれたあたりから、急激に痴呆が進んだ。

実家は所謂、二世帯住宅で、
僕は小さいときからオジイと一緒に住んでいた。

小学校から中2位までは、勉強もみてもらっていた。
それはそれは厳しくて、間違える度にぶん殴られたもんだった。
あの頃、僕にとってのオジイは、恐怖の対象だった。

そんなオジイは大正生まれで、
当然、戦争も経験している。

当時はエリートだったとされる
海軍兵学校出身で、
戦争には飛行機乗りとして参戦したらしい。

終戦直前には特攻隊の隊長?教官?も務め、数々の教え子が特攻に散った。
オジイ自身も、終戦があと一週間長引けば、特攻隊として敵艦に突っ込むというくらいの戦況だったらしい。

終戦後は食品関連の企業に勤め、
定年後はオバアと共に趣味の山登りに励んだ。
(趣味といっても、かなり本格的でキリマンジャロやエベレストにもチャレンジしている)
足が弱くなってからはパソコンを独学で勉強し、ホームページを作ったりしていた。

そんな壮絶な人生を送り、多趣味でしっかりしていたオジイが亡くなった。
あまりに急な事だった。

オジイのお葬式には、家族はもちろん、親交のあった近所の方々や、海軍兵学校の同期の方々も参列してくれた。

出棺の時には、海軍兵学校の方々が『同期の桜』という軍歌を歌い、斎場では海軍式の敬礼で最期まで見送られた。

寝顔を拝見できる最期のタイミング(出棺直前)に、海軍兵学校の同機で一番仲の良かった方が、オジイの顔を一撫でしながら、「世話になったな」と一言呟いた。

海軍兵学校同期という、文字通り生死を共にした仲間の「世話になったな」という一言にはどれだけの想いが詰まっていたことだろう。
それを考えると、涙を押さえきれなくなった。

2012年12月18日。
空と海に生きたオジイの告別式。
その空は果てしなく碧く、
絶好の飛行日和だっだろう。

オジイ、
もっとたくさん話を聞きたかったよ。
戦争のこと、
世界中の山のこと、国のこと、
オジイが生きた世界のこと。

期待に添えない孫だったかも。
ゴメンね。

でも、僕はオジイの孫であることを誇りに思う。

10年位前に、いきなりブラモデルを買ってきて、「おい、これ作ってくれ」て言ってきた。
何でも、オジイが昔乗っていた戦闘機のブラモらしい。
ミニ四駆以来、プラモなんて作っていなかったけど、一生懸命組み立てたな。
「出来たよ」って渡すと、オジイらしい満面の笑顔で「ありがとう。」って言ってくれたね。

家の中で埃を被っていたあのプラモ。
オジイの棺に入れた。
きっと現役の時のように、世界一かっこよく乗りこなし、オバアに会いに行ったよね。

オジイ、ありがとう。
そして、安らかに。


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