インタレストグラフが導く未来~佐々木俊尚さんメルマガより~





 

今週の佐々木俊尚のネット未来地図レポート

佐々木俊尚さんの有料メルマガ。
毎週楽しく読んでいます。

今週のテーマは
「2022年のメディアとはどのようなものか」(中編)
なんですが、
なんか妙にグッとくる内容だったので引用させていただきます。*1

今回の内容は、
ソーシャルグラフとは別の、インタレストグラフに関しての考え方。

グッと来た箇所をとりあえず引用しまくってみる。

インタレストグラフは、リアルの人間関係のソーシャルグラフと比べると、
非常に困難な問題を孕んでいます。それは何でしょうか。
最も大きな問題は、ユーザーが「自分が本当に好きなもの」を明示的に語ることができないということです。

ここ、頭っから激しく同意できる箇所。
ソーシャルグラフはある種、主体的に自分とかかわりが持てそうな人を
選べるのに対し、インタレストグラフは主体的な様で主体的でないということ。
自分が好きなモノ・自分の夢・自分の好み など、
自分に関することってなかなか把握しているようで把握していない。
思い返してみれば就活していたことろの「自己分析」なんて
本当に難しかった。
なんとなくわかっていても、明示することが難しい。
数が多すぎたり、関連性が見出せなかったり、体系的に語るのが難しかったのを思い出す。
これは今でもそうで、自分のキャリアや、もっと身近に好きな食べ物とかも、
「こう聞かれたらこう返す」的なものはあっても、
様々な要因により「ホントか?」になる。

従来、マーケティングの分野では消費者の好みをするために、
フォーカスグループインタビューやアンケート調査などのいわゆる
「聞き取り」的な調査を好んで行ってきました。
つまりは消費者に自分で語ってもらうというアプローチです。
こうした聞き取りに対しては、消費者は合理的・論理的に答えようとします。
しかし実際の消費者の行動は、そんなに合理的・論理的でもない。

じゃあ、世の中の人は何が好きなんだろう?を調べたりするのに
グルインやアンケートなんてのはよくある手法だけれども、
個人的にはそこから導き出される回答には違和感を感じずにはいれらない。
主体者や質問内容から、どうしても「あ、あの企業のグルインだな?」みたいな憶測を働かせてみたり、
そもそも設問自体が回答を誘導しているようなケースも多々ある。
ものすごい傾斜のバイアスがかかりまくっていることが多い。
また、同じような境遇、環境の人が集まる場合が多いから、
どうしてもかっこよく(賢く?)見せたいみたいな考えがはたらき、
決して日常の考えどおりにはならない。
「アンケートをしてみた結果、こんな結果が出ました!」っていう
PRありきで進められる。
こんなものに意味はなし。

ビッグデータを活用したライフログマーケティングの可能性が浮上してきているわけです。
ライフログというのは、ユーザーが気づかないうちに自分の行動を記録してしまう非常に暗黙的なデータです。
(中略)
この「関心事の発見」は、下記のような要素が考えられます。

(1)ソーシャルメディアを経由した他者からの影響。
(2)マスメディアからの影響。
(3)自分の属性(年齢、性別、年収、住居地)による傾向抽出。
(4)自分のライフログ(行動履歴)からの傾向抽出。

 

さらに、

(1)FacebookやTwitterなどソーシャルグラフを基盤にしたソーシャルメディアで行われるキュレーション活動。
(2)インタレストグラフを基盤にしたクチコミ系のメディアで行われるキュレーション活動。
(3)社会にとって重要な情報を多くの人に一斉送信するマスメディア。
(4)ウェブサイトに蓄積されたライフログを解析して行う情報のレコメンデーション。
(5)ユーザー一人一人が持っている基本4情報(名前、性別、生年月日、住居地)を含むプロフィール情報

という個所に関して。
僕はマーケティングのプロでは別にないし、
データマイニングが得意なわけでもないけれど、
この箇所にはなんかすごい大きな可能性と違和感を感じた。
本人ですら気付いていない嗜好や関心事が、
実はソーシャル/マスメディアから大きな影響を受けていて、
かつ、自分の産まれ持っての基本属性・行動履歴から導き出されている。
視点を変えれば、
キュレーション活動・口コミ・レコメンデーション・プロフィールが大きくかかわっている。

まず思ったことは、
昔から概念としてはあったけど、いまいちパッとしていない気がする
ダイレクトマーケティングやCRMの考え方と、
買い物行動で重要といわれているレコメン機能、
にインタレストグラフが加わったら、
それこそ最強のマーケティング活動が完成するんじゃないかと妄想したりしている。

マスメディアで幅広く気づきや認知を獲得し、
ソーシャルメディアで様々なビオトープに流れ込み、
同時にユーザーの行動履歴を掴んで、
自動的に様々なタッチポイントからレコメンされる。

こんなようなことは
きっとamazonやgoogleあたりが
一生懸命研究しているんだろうし、
近々、そんなアルゴリズムは体系化されていくんだろう。

ただ、ここに感じる違和感は、
そこまでシステマチックに個人の
行動や嗜好がレコメンされ続けることで、
個人が何かを判断し、好きなところに行き、好きなものを食べることが
不自由になるんじゃないかと、大きなお世話感を感じてしまった。

未来を想像するとき、
そこには有機的に絡み合うシステムやサービスがあり、
どんどん便利になっていく世の中をイメージする。
しかし、それが豊かな未来なのかと自問すると、
ちょっと違う気もしている。
こんなご時世で、豊かな未来を想像すること自体が
なんか困難な感じもしてしまうが、
原点回帰というか、
様々なシステムで便利な社会を支えながらも、
より人間臭くて意志のある生活に豊かさを感じずにはいられない。

便利になる分にはどんどん便利になればいい。
でも、自分の考えは自分でしっかりと持ち、
それをもとにした行動で自分の道を歩いていく。
そんな当たり前の未来になると良いなと。
誕生日の今日、書きながら思った次第でした。

*1:メールマガジンの内容は、全文引用でなければ、内容の紹介や一部引用はどんどんやっていただいて問題ございません。とあるのでお言葉に甘えて。


follow us in feedly

大企業病って結局なんなの?





 

大企業病という言葉で
不具合を会社(環境)のせいにして
自分を正当化しているケースが多いんじゃないかと思うわけで。

まず、大企業病に罹患しているは誰?
・企業そのもの(法人)
・企業の経営者
・そういう状態の企業に属しているのに、何の疑問も持たない人たち?
まぁ、、どっちもですね。
大企業病って言葉の定義にもよるんだろう。

wikiさん曰く、

大企業病(だいきぎょうびょう)とは、
主に大企業にて見られる企業体質で、
組織が大きくなることにより経営者と従業員の意思疎通が不十分となり、
結果として、組織内部に官僚主義、セクショナリズム、事なかれ主義、縦割り主義などが蔓延し、
組織の非活性をもたらす。

ということです。
これだけを読むと、企業(法人)の体質や
組織の肥大化による不具合 みたいな感じに見て取れますね。
人間でいうところの
自律神経系の病気とか、
いわゆる成人病とかメタボとかの話のように聞こえる。

ん--、結果としてそういうことなんだろうけれども、
でもその病気を引き出したのは、結局はそこで働く人たちなんだろう。

ちょっと前の記事だけど、こんなエントリーを見つけた。
Business Media 誠:大企業病の原因は“ロジカル”なオヤジたちにあり (1/2)

「直感とか信念とか想いとかを、
そのまま実行に移すのはリスクがあって良くない。
証拠や根拠を丁寧に集め、
実行すべき結論に間違いがないかどうか検証することが重要だ」って考える、
論理的に考え、論理的に仕事をしようとする人たちが原因なのではないかと。

大企業病と聞くと、その特徴として、
・判断スピードの遅さ
・憲法のごとく凝り固まっているローカルルール
・額縁に入れるために考えられたような経営理念
・マネジメントというよりは封建制度的な管理体制
・セクションという「箱」ありきの人事
・リスクを起こさないような管理ではなく、責任を逃れるための管理体制
・戦略そのものよりも手段に重きを置く仮想戦略
とかとか。
考えてたら陰鬱な気分になってきたので
列挙するのはこれくらいにするが、
まあ、ほかにも特徴は多々あるでしょう。

しかし、こういう特徴というか病状を
引き起こしているのは、やはりそこにいる人たちなんだと思う。
つまりは企業にとって、人はウィルスなんだよ。
もちろん、ウィルスとはいえ、悪玉もいれば善玉もいる。
善玉が善玉のまま大きくなることもあれば、
善玉がいつの間にか悪玉に変化していることもある。

最もたちが悪いのは、
すでに悪玉ウィルスになって善玉をバシバシ攻撃しているのに、
自分が悪玉ウィルスであることに気づいていない人たち。
そもそも自分が属している企業が病に侵されていることに気づいていない人たち。
そして、その人数が数えきれないほど多いという事実。

ウィルスは人であると仮定すれば、
大企業病は一度なってしまえば、
そこにいる人間をゴソッと取り替えるくらいの荒療治がないと治らない。
ウィルスはそこにいるだけで自然増殖し、
知らぬ間に人を空気感染させていく。
一たび感染してしまえば、治療するための特効薬は存在せず、
自覚症状もないため、自分が感染していることにすら気付かない。

こんな恐ろしい病気がほかにあるだろうか?


follow us in feedly

Kindle 対 iPad 論争 のバ~カ




f:id:hkei16:20120223225557p:image:w360VSf:id:hkei16:20120223225558j:image:w360

今日、また電子書籍関連で面白い記事が出ていた。

佐々木俊尚さん@sasakitoshinaoの毎朝キュレーションでも紹介されていたこの記事。

hon.jp DayWatch – Amazonショック、電子書籍タブレット「Kindle Fire」ユーザーの半数以上が「iPad 3」への買い替えを検討中

短い記事なので、そそまま引用。

米ITニュースサイト「Business Journal」によると、
Amazon社(本社:米国ワシントン州)が昨年11月に発売した電子書籍タブレット「Kindle Fire」のユーザーの半数以上が、
同製品に対して不満を持っている模様。
これは、家電価格比較ポータルサイトTechBargains.comのアンケート調査結果によるもので、
Kindle Fireユーザーの58%が、Apple社がまもなく発表する予定の「iPad 3」への買い替えを検討しているとのこと。
記事中でTechBargains.comのYung Trang社長は
「Kindle Fire発売からまだ3ヶ月しか経っていないのに、このような結果が出るということは、製品自体にかなり不満を持っているのではないか」
とコメントしている。

だそうです。

この記事だけを読んで額面通りに解釈すると、

Kindle Fireってあんまりよくないんじゃないか?

やっぱりiPadのほうが優れているんじゃないか?

みたいな結論に帰結しそう。

でも、本当にそうなんだろうか?

まずは簡単にKindle Fireをおさらい。

↓この記事がわかりやすそうなんで、お借りします。

アマゾン「Kindle Fire(キンドル・ファイア)」格安のAndroidタブレット登場!日本での発売日はいつ?|アマモ場

ま、僕は当然Kindle Fireなんて持っていないし、触ったこともないので、

プロダクトのしての良し悪しなんてわからないんだけど、

でも、この記事を読んで一つ疑問だったのは、

Kindle Fireを買った人たちは、それに何を求めていたんだろう?

ということ。

そのときアメリカで、どんなコミュニケーションで世に送り出されたのかはわからないけれど、

少なくとも(あからさまに)iPadとの比較広告的なことではなかったんじゃないかと思う。

なぜなら、この2商品は形は似ているけれど、用途的には違うものなんじゃないかと思うわけです。

どう違うのか?

一言でいえば、

iPadはいわゆるタブレット端末。

従来のPCの機能を持ちながら直観的な操作や持ち運びやすさに重点を置いた、

文字通り「魔法のデバイス」。

対してKindle Fireは、
もはやOnline本屋にとどまらないamazonの巨大消費財プラットフォームの

超デジタルカタログがたまたまAndloidを搭載しているといった感じ。

PCの代わりになろうとしているデバイスと、カタログの進化形のデバイスが同じ機能なわけがなく、
Kindle Fireのほうは余計な機能はだいぶ省いているという。

で、そんな違いをよく理解しないままに、

「安いタブレット出たっ」で買っちゃった人たちが、

「なんだよ、やっぱりiPadのほうが機能が充実してんじゃん!」って言っちゃっているだけのような気がしてしょうがない。

エンターテイメント性抜群の魔法のデバイスとハイパーデジタルカタログを同列で語れるわけがなく、

前述の記事の「アンケート」ってのがとても作為的に仕込まれたもののような気がしてならない。

ちなみに、iPadとKindleの違いや特徴とかは確かこの本に楽しく書いてあった気がする。
iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏 (ビジネスファミ通)

日本にもそろそろKindleがっていういう噂はでているが、

こんな状況は日本にも起こりうると思う。

Kindleがなんなのか?(日本ではKindle Touchがでるっていう噂だけど)を>理解しないままに
アーリーアダプター気分で飛びついて、結果「なんだよ、つかえねーな」みたいな風潮にならないことを祈る。


follow us in feedly

掛け算のキャリア~市場規模×付加価値提供余地~





 「市場規模×付加価値提供余地」

という言葉に出会った。

最初は、「はて?」と思う表現ではあるけれど、
だんだん、じわじわとボディーブローのように効いてくる。

ビジネスにおけるキャリアは
・やりがい
・報酬
・社会貢献性
・成長環境
などなど、様々な価値観や切り口で
考えることができるだろう。
その価値観はもちろん人それぞれだし、
人生の中のタイミングにもよるかも知れないし、
時々の環境にも左右されるだろう。

キャリアを考える上で、
自分の考えや感情に依存する「内的価値基準」と
自分が携わる事業内容に関する「外的価値基準」があるとする。
どちらも決して不変的なものではないが、
その中の「外的価値基準」を最大化させる一つの考え方として、
「市場規模×付加価値提供余地」という言葉がピタッとはまった気がした。

自分がしている仕事の価値や意味合いを見つめなおし(惰性化させないという意味で)
自分なりの今後のキャリアを模索するにあたって、
如何に大きなビジネスをやったるか ということが一つの指針になりうるのであれば、
こういう考え方を持って社会に与えるビジネスのインパクトを図ることができるのではないだろうか?

これはもちろん、事業内容や事業規模が大きければいいというわけではなくて、
当然その規模に即した自分自身の成長や骨子が大前提ではある。

新たな価値の組み合わせ
市場規模と付加価値提供余地の掛け算
やりたいこととできること

いろいろな組み合わせや掛け算があるが、
勝利の方程式なんてものは存在しないので、
自分なりに一つ一つ答え合わせをしながら
前に進んでいきたい。


follow us in feedly

制作側から見た電子書籍界隈のイベント



なぜWebではなく電子書籍なのか? – @IT

2012年2月9日、リクルートGINZA8ビルの
Web CAT Studioで『第26回HTML5とか勉強会』が開催されました。

だそうです。

昨今の電子書籍界隈の第一人者らしき方々の
トークセッションかな?
内容が面白かったのでメモ程度に書き連ねてみます。

イベント自体がいくつかのパートに分かれているようで、

  1. はじめてのiBooksAuthor
  2. EPUB3の仕様を勉強しよう
  3. 今、電子書籍はどうやって作るべきか
  4. ネットの中での電子書籍の位置付けと在り方
  5. 日本の電子書籍はまだまだWeb1.0のような状況
  6. 電子書籍が広まるのはいつだ!

と見出しがつけられている。

最近のトレンドに沿った”制作”ツールの話から始まり、
制作における戦術・手法論へ、
そして電子書籍界隈の状況・展望へ と話が進んでいっている。

各々の章で気になった部分をピックアップしておきます。

◆ネットの中での電子書籍の位置付けと在り方
達人出版会の高橋征義氏の内容。

◆Webの有料化としてとらえる電子書籍
 使われている技術についてはWebも電子書籍もほとんど違いはありません。 
 同じ技術を違う見せ方で演出しているだけです。

◆書籍流通のネット化
 核として存在している1冊の電子書籍を取り巻く環境を上手にサービス化していくことこそが、
 電子書籍の普及にとって重要なのだ。

もうまさにです。
電子書籍というと、なにやら新しい技術の様に錯覚してしまうが、
既存の技術や行為の見せ方を変えているだけ。
また、いかにして電子書籍を売るか?みたいな話はやはりまだ時期尚早で、
高橋さんがおっしゃるように”環境をサービス化していくこと”という具体的なアイデア
必要だし、既存の技術を新しく見せるための一番の演出方法になる。
技術的な課題や、制作手法の話と並行して進めなくてはならないことだと思う。

◆EPUB3ってどうよ?
個人的にはあまり技術的な話題にはついていけていないので、
EPUB3というフォーマットが電子書籍の共通言語になったんだなー。
よかったよかった。
という程度の認識ではあったんだが、
実際の制作の現場・出版の現場では
まだまだ混乱が続いているらしい。

◆電子書籍のUXやユーザビリティはまだ不十分?

「みんな紙を再現しようとしますよね。紙をめくるアニメーションをよく見かけますが、
あれって実は邪魔だと思うんです。そういうのを含めて、
まだまだUXは考え尽くされてなく不十分だと思います。

賛成。
「電子書籍」なんていう単語があるもんだから
紙の本をいかに再現するか?みたいになっちゃってんだけど、
「電子書籍」って言葉がなかったら、
別に紙っぽくする必要なんかない。
電子版の本を一生懸命作るんじゃなくて、
コンテンツの表現方法を考え、
存在意義を再定義することが
今後の大きな課題だと思う。

◆電子書籍はどこを目指すべきなのか
やっぱりこの世界には果てしない夢がある。
要約して引用

電子書籍ならではのコミュニケーションに触れました。
「ゲームはコンシューマーゲームが最初にあり、それからソーシャルゲームが出てきました。
完成品として流通する電子書籍もありますが、
ソーシャルゲームのようにコミュニケーションという相互作用の要素を持つネット書籍、
例えば作家と読者がやりとりをしながら執筆されていくものやベータ版のリリースをする書籍が登場したら面白いと思います。
通常の本にはできないことですね。
プラットフォームとしてはそのような新しい場を作り、ユーザーがそこで楽しんでくれたらと思っています」。

電子書籍をまずはユーザーに手に取ってもらうことが一番大事であると述べました。
まずは一般ユーザーに電子書籍に触れて読んでもらうことが大事。
また、ニコニコ静画でやっているような本にコメントを付けられる機能は電子書籍ならではです。
こういった紙の書籍にはできない付加価値をユーザーに提供することが電子書籍の課題です」。

コンテナフォーマットとしてのEPUBに期待しています。
「ブラウザでWebサイトを保存するときに、EPUBで保存ができたらそれを持ち歩き、いつでもiPadやiPhoneで読めます。
書き出し形式の1つとして気軽にEPUBが使えるようになれば紙の書籍とは違う価値を持つし、もっと普及すると思います」。

世の中にコンテンツを増やす原動力としての電子書籍の役割に期待しています。
「紙や電子書籍を問わずコンテンツの量を世の中に増やしたい。
そのためにWebは有効だと思っていたのですが、
ブログの人気も下がってきているような気がするし、
みんなFacebookやTwitterを使っていて、あまりまとまった発言をしていない。
この状況の中で、電子書籍の手軽さによってコンテンツを作る人が増えてくれればよいと思っています」。

自身の体験を例に電子書籍の価値が瞬時に見直された話をしました。
「PDFで出しましたと言ったとき、弊社のWebニュースサイトのメンバーはまったく無反応でした。
ところが実際にPDFを見た瞬間、彼らの目が変わったんです。
電子書籍は立派なデジタル雑誌として紙の雑誌の代わりになり得るし、
自分たちも参入が可能な世界であり、広告モデルに変わる新しい有料販売モデルだと気付いたんです。
電子書籍のこのような役割に期待しています」。

日本の電子書籍のインフラはまだまだWeb1.0のような状況ですね。
わざわざ書籍サイトで読みたい本を検索して、
さぁ読もうと思ったら読めるフォーマットではなかったとか。
もっと利便性が必要です。
フォーマットを推進している私ですが、
今年は流通にも力を入れるつもりです」と話し、
電子書籍がもっと読まれる環境づくりの重要さを強調しました。

電子書籍の現状も、今後にもまだまだ課題は多いし、
それらが複雑に絡み合っているから
箇条書きで書き出して一つずつつぶしていくこともできない。

でもこのイベントみたいに
制作側の立場の方も、運営側の方もいる
トークセッションでは一つの事象に対して
様々な角度の視線があるから面白いだろうな。
実際にこのセッションが未来への第一歩になることもあるだろう。

次は例えば、デバイスメーカー側の人や
ストアの運営側の人や
プロモーション側の人とかが
いたらまた面白いことになりそう。

まぁ、プレイヤーが多いとギャップが多くなりすぎてまとまらないかもしれないけど・・・。


follow us in feedly